SaaS ERP導入プロジェクト 問題発見から対策までのフレームワーク 第二弾

前回の記事では、ERP導入プロジェクトにおける問題発見のアプローチと課題設定の重要性について解説しました。しかし、課題を特定することはあくまでスタート地点に過ぎません。重要なのは、特定した課題をどのように整理し、検証し、最終的なビジネスモデルに落とし込むかという点です。

本記事ではその続編として、SaaS ERP導入の業務構築フェーズにおける「課題設定」から「モデル検証」までの流れを、具体的な管理手法を交えつつ解説します。さらに、経営層がERP導入プロジェクトにおいて果たすべき真の役割についても言及します。

課題管理とMoSCoW

ERP導入プロジェクトでは、構想策定フェーズでのヒアリングを通じて、多様な問題や課題が見つかります。これらは単なる意見や要望ではなく、プロジェクト全体の成否に影響を与える重要な要素です。検出された課題は「課題管理リスト」に記録され、以下のように分類されます。

  • ビジネスプロセス課題(例:業務の非効率、システム間の非連携、属人化、標準化不足)
  • ビジネスデータ課題(例:原価計算の精度、トレーサビリティの欠如、データの分断、不統一なデータ)

一方で、業務のニーズはMoSCoWリスト(要求事項とその優先順位の一覧)に整理し、業務構築フェーズでの実機検証(CRP)に備えます。

※MoSCoWについて詳しくは以前の記事「SaaSタイプのERPにおけるプロジェクト品質-要求管理編-」をご参照下さい。

食品製造業の事例:原材料高騰への対応

具体例として、食品製造業における「原材料の高騰」という問題を考えてみます。この問題に対し、いくつかの課題が設定されますが、ここでは以下の歩留課題を取り上げて説明します。

課題の整理

  1. 歩留改善の取り組み
    • 基準となる歩留率の設定
    • 原価計算の精度向上
    • 歩留率を把握するための製造実績報告
    • 歩留率のモニタリング強化
  2. 期待される効果
    • 工場ごとの歩留率を分析すると、良い工場と悪い工場の間に3%の差がある
    • この差をデータドリブンにより診断する
    • データドリブンに基づいて、最適な歩留を実現している工場を目標に設定する

このように、課題を単なる「歩留改善が必要」という抽象的な表現にとどめず、具体的な課題設定と数値目標を明確化することで、対策の実効性を高めることができます。

CRPによる実機検証:MoSCoWを検証するプロセスの関連付け

次に、MoSCoWをCRP(Conference Room Pilot)の検証プロセスに落とし込みます。CRPでは、MoSCoWリストに記載された業務要求をどのビジネスプロセスフローで検証するのかを明確にすることがポイントです。

ここで重要なのは、決して現行のビジネスプロセスフロー(As-Is)を使わないことです。必ずERP標準のビジネスプロセスフローを利用します。理由は、As-Isを利用してしまうとソリューション要求が現行機能に向かいがちになる一方、To-Be(ERP標準)のプロセスフローに業務要求を当てはめることで、本当に必要な機能だけを洗い出せるからです。業務要求が標準プロセスに含まれていればそのまま検証し、含まれていなければ「なくても仕事が完遂できるか」を実機で確認する、という進め方になります。

それでは、それぞれの対策を以下のように関連付けて考えてみます。

プロセス検証項目
生産計画プロセス歩留率を加味した生産計画
製造実績報告プロセス製造報告の効率化
原価計算プロセス原価精度の向上
分析プロセスモニタリングの強化

このようにERP上でシミュレーションや業務フローの見直しを行いながら、どの機能が本当に必要なのかを精査していきます。

課題の真因と対策の具体化

今回の例では、歩留率のばらつきの真因として、

「製造品によっては煮汁が出るため、歩留の設定が難しく、製品企画段階で歩留を低めに見積もっていた」

といったことが関係者の間で薄々認識されていました。しかし、説得材料が乏しく実行に移せていなかったのが実情です。そこで、この点をデータで答え合わせできるようにするため、CRPでは以下のような対策を検討します。

具体的な対策

  1. 生産計画プロセス
    • 歩留率と安全在庫量、安全リードタイムなどの相互干渉を見直し、ブルウィップ効果が生じないように設定
  2. 製造実績報告プロセス
    • 製造現場での報告作業に歩留に関する項目をシステム化(歩留率が良い場合でも、消費量が確定していれば作りすぎの無駄が発生するため、それを可視化)
    • タブレット端末を活用し、リアルタイムで歩留を把握
  3. 原価計算プロセス
    • 歩留率の変動を原価計算へ即時反映
    • 過去の歩留実績を基に、より正確な原価を算出
  4. 分析プロセス
    • 歩留率の推移をBIツールで可視化
    • 工場ごとのパフォーマンス比較を強化

プロジェクト管理とTo-Beモデルの構築

CRPを通じて対策の実効性が評価された後は、ビジネスプロセスオーナーとキーパーソンが中心となり、以下の流れでTo-Beモデルを確定させます。

  1. CRPの結果をもとに、最適な業務フローとデータモデルを確定
  2. 現行業務との差およびその影響範囲を可視化
  3. 新しい業務フローと役割分担を定義
  4. 現場への教育とシステム導入に向けた準備を実施

このように、問題発見 → 課題設定 → CRPでの検証 → To-Beモデルの確定という流れを踏むことで、業務ユーザー自身が検証の過程を通じて確信を深め、As-Isの業務に戻ることなく新たなビジネスプロセスへ踏み出そうとする意識が着実に変革されていくのです。

ビジネスプロセスオーナーとキーパーソンの重要な役割

CRPで実機を用いて新しい仕事の進め方を評価し、MoSCoWの受け入れ基準を満たしているかを判定するのはキーパーソンです。そして、新しい業務に移行することによる現行業務への影響や、現場からの反発を受け止め、ソフトランディングの道筋を示すのがビジネスプロセスオーナーの役目です。

この両名はSaaS ERPをFit to Standardで実装するための大きな責任を担いますが、実務でも引っ張りだこであることが多く、アサインが容易ではありません。だからこそ、経営層がERP導入プロジェクトに強い関心を示し、協力体制を敷く必要があるのです(詳細は以前の記事「ERP成功への道:最適チーム構築と協力体制の確立戦略」をご参照ください)。

経営層の真の役割

「ERP導入はトップダウンで進めるべき」とよく言われますが、それは決して「トップが決めたことだから社員は従うべきだ」という意味ではありません。そのような進め方では、総論賛成・各論反対になるだけです。

本来のトップダウンとは、有識者が無理なくプロジェクトに参画できる環境を整え、周囲がサポートしやすい体制を構築し、適切な権限を与えることを意味します。現場の知見を活かしながらも、組織全体として統一した方向性を示し、円滑な意思決定を可能にするのが経営層の真の役割だと言えるでしょう。

まとめ:ERP導入の本質的な価値を引き出すために

ERP導入における課題管理のポイントは、主に以下の3点に集約されます。

  1. 課題を具体的なアクションに分解し、数値で評価可能な形に整理すること
  2. MoSCoWリストを活用し、実機検証(CRP)で課題をプロセスごとに精査すること
  3. CRPの結果をもとにTo-Beモデルを確定し、As-Isに戻らない運用を設計すること

このプロセスを徹底することで、単なるシステム導入にとどまらず、業務の本質的な変革へと大きく踏み出すことができます。こうした変革を現実のものとするには、経営層の明確な方向づけと粘り強いサポートが大きな支えとなります。組織全体が一丸となって課題を共有し、解決策を検証しながら進むことで、ERP導入は企業をさらなる成長へと導く原動力となるのです。

問題発見と問題解決のスキルを高め、日々の業務に活かす

ERP導入プロジェクトでは、現状の業務やシステム課題を洗い出すための問題発見プロセスが必要になります。システム要件やデータ構造の整理だけでなく、業務全体を見直し、部門間の連携やKPIの設定を検討するなかで、組織に潜むさまざまな問題が明るみに出ます。これらを解決するために関係者が協力して考え抜く過程で、問題発見や問題解決のスキルが自然と鍛えられていくのです。

さらに、ERPの運用が始まってからも、日々の業務には大小さまざまな問題が起こり続けます。導入プロジェクトで培った「どの指標を見て、どう分析し、誰と連携しながら最適な対策を講じるか」という手順を日常業務に持ち込めば、現場力が格段に高まるでしょう。

ERP導入は単なるゴールではありません。むしろ、新たに獲得した問題解決スキルを日常の業務改善へ活かすステップと位置づけるのです。それは経営指標やKPIの向上だけでなく、社員一人ひとりの成長やチーム力の向上にもつながります。システムと業務が一体となって進化し、組織全体の競争力を高めていく。これこそが、ERP導入プロジェクトがもたらす本質的な価値と言えるでしょう。