SaaS ERP導入における、プロジェクトチームトレーニングの勘所 後編:実践

SaaS ERPの導入プロジェクトにおいて、トレーニングは「理解させる場」ではなく、「チームとして考え、動き出す起点」となるべきです。

前回の「戦略編」では、トレーニングを単なる操作習得に終わらせず、業務全体をどう捉え直すかという視点で設計することの重要性をお伝えしました。今回はその続編として、設計された方針を現場でどのように実践し、どのように受講者の理解と伴走から自走へと導いていくのか、その具体的な工夫に焦点を当てます。

トレーニングチーム編成

トレーニングを効果的に進めるためには、事前のチーム編成が重要です。編成にあたっては、以下の観点を押さえておくことで、円滑な進行と学習効果の最大化が期待できます。

まず前提として、トレーニングの実施体制は、ベンダー側からトレーナー1名と、質問対応者1~2名を配置します。受講者側のチーム数は、対応可能な体制とのバランスを考慮し、最大でも10チームまでに抑えるのが適切です。この規模であれば、3名体制でも質の高いサポートを維持できます。

チームの構成においては、各業務の関係者をバランスよく含めることが重要です。販売・購買・生産・物流・会計など、関連部門の担当者が一つのチームに入ることで、業務間のつながりを意識した対話が可能になります。たとえば、販売業務のトレーニング中に生産担当者が同じチームにいれば、自部門との連携をその場で議論することができ、学びがより実践的で深いものになります。

さらに、各チームにPC操作に慣れたメンバーを1名以上配置することもポイントです。こうしたメンバーがいることで、演習中に発生しがちな入力ミスや操作のつまずきを、チーム内で即座にフォローできます。たとえば、「エラーが解消しない」と思ったら、実は全角で入力していた、といったよくある問題も、速やかに対処できます。

このように、チーム数・体制・構成メンバーのバランスを適切に設計することが、トレーニングの質を左右します。事前の準備段階で丁寧に編成を行うことが、プロジェクト全体の習熟度向上にも直結します。

トレーニングステップと進め方

ここからは、トレーニングの進行における具体的なステップと進め方について紹介します。

まず基本となるのは、受講者全員が事前にERPへログインできる状態を確認しておくことです。1人でも未準備のまま当日を迎えてしまうと、全体の進行が止まる要因となるため、ログイン確認は開始前の必須チェック項目です。

次に、演習時に使用するデータがチームごとに混ざらないよう、チーム番号を事前に通知しておきます。これにより、操作の衝突や上書きを防ぎ、実務に近い整理された環境で進行できます。

リモート環境で実施する場合には、セカンドモニターの利用を推奨しています。一方の画面で講師の説明を見ながら、もう一方で実際のERP操作を行えるため、視線の移動や画面の切り替えによるストレスが軽減され、集中力と操作効率が向上します。

トレーニングでは、トランザクションを起点に業務全体の流れを説明し、その結果をもとに「なぜこうなったのか」を逆引きして関連マスターを解説する、という順序で進行します。よくある「マスターから先に説明する」形式では、マスターの項目にばかり注目が集まり、想定外に時間を費やすこととなります。処理の背景にある業務全体の意味を理解するには、「動かしてから構造を見る」順序が効果的です。

演習では、各チームで操作担当者を1名選出しますが、他のメンバーも積極的に照会画面の閲覧や入力の検証を行い、「触って覚える」スタイルをチーム全体で実践していきます。

このとき、トレーナーやサポーターは、参加者の背後から各画面をさりげなく確認し、声を上げづらい方のつまずきにも気づけるようにします。特に入力ミスや画面遷移の操作で戸惑っている場合、声を出す前に誰かが気づいてフォローできることが、安心して取り組める環境づくりに繋がります。

例えば、「在庫が引き当てられない」「請求書が作成できない」「オーダーを登録できない」といった場面に直面したとき、その理由を一緒に考えたり、何を修正すれば良いかをその場で確認できる仕掛けが重要です。こうしたサポートが、トレーニングの質を大きく左右します。

とはいえ、プロジェクトメンバーの中には「ERPが本当に理解できるのか」という不安を抱えたままトレーニングに臨んでいる方も少なくありません。そこで、トレーニングセッションごとに簡単なアンケートを実施し、受講者の不安や満足度を定点的に把握します。

アンケートはシンプルかつ回答しやすい構成とし、主に以下の項目を設けています。

受講したコース、所属するトレーニングチーム、トレーニング前に不安だったことは解消されたか(選択式)、トレーニングを通じて得たこと(記述式)、トレーニングの評価(とても満足/満足/不満/かなり不満)

評価項目については、日本人特有の「真ん中を選びがち」という傾向を考慮し、あえて選択肢を4段階に設定することで、より鮮明なフィードバックを得られるようにしています。

こうしたアンケートは、講師側が受講者の心理状態や理解の深度を把握する手がかりになり、チーム全体の習熟度やトレーニング設計の改善にも活かされています。

トレーニングの最後には、参加率やアンケート、質問の内容と対応状況を振り返る総括セッションを設けています。この場では、受講者の体験を全体で共有し、講師側からも気づきをフィードバックします。ここで得られたデータや感触は、次回以降の改善材料にもなり、プロジェクト全体の成熟度を一段階引き上げる貴重な資源となります。

そして、この一連の流れを通じて見えてくるのが、「どこまで理解が進んでいるか」「どこでつまずきやすいか」という学習の濃淡です。次にご紹介する理解度確認テストは、その定着度を可視化し、さらに次のアクションにつなげていくためのステップとなります。

理解度確認テスト

各トレーニングの終わりには、その回の内容を振り返るために理解度確認テストを実施します。問題数は3問程度に絞り、内容は基本的な操作や設定に関する要点に限定し、設問形式は選択式とすることで即時に自動集計・可視化できる体制を整えています。これにより、受講者はその場で「どこまで理解できたか」を自ら実感でき、「できた」「正解した」という小さな成功体験が確かな自信となり、次の学びへのモチベーションにもつながります。また、演習1〜3を通じて受講者の平均正答率を確認することで全体の理解度を把握でき、業務領域によっては正答率が低くなるテーマもあるため、そうした傾向はトレーニング後の復習ポイントとしてチーム全体にフィードバックし、再確認の機会を設けることで理解の定着を図ります。このようにして、トレーニングは単なる知識の習得にとどまらず、「理解を確認し、不足を補い、次に活かす」循環的な学習プロセスとして機能するのです。

賞賛

トレーニングのまとめとして、全問正解したメンバーや、正解率が高かったチームを発表します。発表には、ささやかではありますがアワードやコメントを添え、「おめでとうございます!」の一言とともに、その場を和やかに、そして誇らしく演出すると良いでしょう。こうした明るい雰囲気づくりは、受講者の意欲を高め、プロジェクト全体の推進力となります。

ちなみに、トレーニングの時点で全問正解するような方は、今後のCRPや運用モデル評価といったERPの検証フェーズでも、高い成果を出すことが期待されます。学ぶ姿勢と気づく力、それを行動に移す速さ、その片鱗は、既にこの時点で見えているのです。

復習環境

理解度テストや賞賛を通じてモチベーションが高まったあとは、その熱を冷まさないうちに「復習」ができる環境を整えておくことが大切です。トレーニングの内容をしっかりと定着させるためには、実際に自分の手で繰り返し操作してみること、これに尽きます。

そのために用意するのが、トレーニングと同じ条件で操作できる復習用の環境です。プロジェクトチームのメンバーは、使用したテキストや手順書を手に、同じデータと画面構成を使って演習内容を再現することができます。操作の流れを再確認したり、演習中にうまくいかなかった箇所をあらためて試したりすることで、理解は一段と深まります。

この環境は、一斉に集まって行うトレーニングとは違い、自分のペースで、必要なタイミングにあわせて何度でも取り組めるのが特徴です。システムに慣れていくには、どうしても“場数”が必要です。その意味で、この復習環境は単なるおまけではなく、本番に向けた踏み台のような存在とも言えるでしょう。

学んだことを、何度でも自分の手で試せる」、その安心感と自由度が、次のステップへの橋渡しになります。

質問およびフォローアップ体制

トレーニングが終わっても、学びはそこで完結しません。復習の段階では、「自分ひとりで操作してみて、初めてつまずく」ことがよくあります。そうしたときに、すぐに支援が届く体制を整えておくことは、安心して学びを継続してもらうために不可欠です。

そのために、事前に用意しておくのが質問フォームです。受講者が復習中に感じた疑問やエラー、判断に迷った場面などをフォーム経由で投稿できるようにしておくことで、「どこで」「何に」つまずいたのかに運営側がすばやく気づくことができます。

質問への回答は個別に返すだけでなく、システム上にナレッジとして蓄積・共有されるため、同じポイントで悩んでいる別の受講者にも役立ちます。つまり、「誰かのつまずき」が、次の誰かの理解を助ける材料になる、そんな仕組みが、学びの連鎖を生み出していきます。

このように、復習フェーズに入ったあとも、問いを拾い、答え、そして共有する仕組みがあることで、プロジェクト全体としての学習効果と習熟のスピードは着実に高まっていきます。

習熟度管理

復習環境やフォローアップ体制を通じて学びを支える仕掛けを整えた上で、次に意識すべきは「どこまで習熟できているのか」を段階的に確認し、成長の手応えを可視化していくことです。プロジェクトチームのメンバーがERPを実務で使いこなせるようになるためには、計画的に段階的なステップを踏んで習熟度を高めていく必要があります。

最初の段階は I(Instructed) ― 指導を受けながら作業ができるレベルです。トレーニング終了時には、メンバー全員がこの段階に到達していることが前提となります。その後、CRP(Conference Room Pilot)の1回目を通じて、L(Learned) 、ひとりで作業ができるが、必要に応じてサポートを受けるレベルへと成長していきます。

さらに、CRPの2回目で試行錯誤を重ねながら実務に近いプロセスを自分たちで繰り返すことで、U(Understood) 、完全に自律して作業ができるレベルに到達することが期待されます。そしてCRP終了後には、O(Optimized) 、作業を熟知し、他者への指導も行える状態を目指します。これはエンドユーザートレーニングの段階で到達していることが理想です。

この習熟のプロセスを加速させるために有効なのが、「クイックウィンを繰り返す」ことです。CRPの場では、要求事項(MoSCoW)を踏まえ、トレーニングで得た知識とスキルを駆使しながら、実際の業務に即したシナリオを一つずつ着実にクリアしていくことで、小さな成功体験が短いサイクルで積み重なり、「できる」という実感が育まれていきます。こうした体験の蓄積がメンバーに自信をもたらし、次の課題にも前向きに取り組めるようになり、習熟度も自然に引き上げられていきます。他人任せにせず、自らの手でERPに触れ、思い描いた業務の実現方法を模索する過程で、不安は徐々に解消され、主体性が芽生えていきます。習熟とは、学ぶこと以上に、試すことと確かめることの連続なのです。

プロジェクトチームによる伝承と育成

学んだことを人に伝えることで、その学びは真に自分のものになります。「インプットしたことはアウトプットする。」このプロセスはさまざまな場面で有効ですが、SaaS ERPの導入プロジェクトにおいては特に重要です。習熟度を高めたメンバーが、自身の理解をさらに深めながら、そのスキルをエンドユーザーに伝えていくことは、育成の観点からも大きな意味を持ちます。

このような取り組みによって、ERPの標準機能を単なる操作説明にとどめるのではなく、同じ業務に携わる仲間同士が教え合う環境が生まれます。その中で、現場で実際に起きている事例をもとに、「どのように業務が改善されるか」や「どのような点に注意すべきか」といった実務に即した対話が可能になります。

こうした知識の循環が組織の力を高め、企業はERPを最大限に活用しながら、ビジネス環境の変化にも自らの力で柔軟に対応できるようになるのです。

まとめ

本記事では、SaaS ERP導入におけるプロジェクトチームトレーニングの「実践編」として、チーム編成の工夫からトレーニングの進め方、理解度の可視化、復習やフォローアップの体制、そして習熟度の段階的な育成と伝承まで、一連の取り組みをご紹介しました。

トレーニングは、単なる事前準備ではなく、プロジェクトチームが組織のしくみと向き合い、業務をどう捉え直すかを実感するプロセスでもあります。手を動かす中で見えてくる疑問や気づき、そしてそれをチーム内で言葉にし合うことが、次第に現場の思考と行動を変えていきます。

正確に操作できるようになることはもちろん大切ですが、それ以上に、チームの中に「なぜこの業務はこうなっているのか」「どうすればよりよくできるのか」といった対話が自然に生まれる状態こそが、トレーニングの本質的な成果です。

そうした土台があるからこそ、ERPの導入は一時的な改善では終わらず、組織としての成熟と変化への対応力へとつながっていきます。トレーニングを起点に、自ら考え、教え合い、前に進む文化が芽生え始めている、その気配こそが、導入期における最も重要な兆しと言えるかもしれません。