SaaS ERP導入における、プロジェクトチームトレーニングの勘所 前編:戦略

※この記事は、以前の投稿「ERPの習熟度管理「ILUO」」の続きです。

これまでお伝えしてきた通り、SaaS ERPをFit to Standardで稼働させるには、ビジネスプロセスとビジネスデータをいかに標準機能に適合させるかがポイントになります。そして、それらと同等に重要なのが、プロジェクトチームがSaaS ERPの習熟度を高めて、新しいシステムを自分たちのものにすることです。

今回の投稿では、プロジェクトチームがどのようにして習熟度を高めていけるのかに焦点を当てて解説します。

なぜプロジェクトチーム向けトレーニングは成果につながらないのか

まず、トレーニングの効果を得られない原因について説明します。SaaS ERPを習得するにあたって、ベンダーが用意したカリキュラムに沿って学べばよいと考えがちですが、実際にはそれだけでは充分な成果を得ることは難しいでしょう。というのも、それらのカリキュラムは汎用的であるがゆえに、プロジェクトチームには到底馴染めない内容だからです。

例えば、カリキュラム内の製品モデルが自社のものとまったく異なる場合、BOMや製造工程、流通経路、価格決定や原価構成など、ベンダーが前提とするビジネスデータモデルが実態と乖離しており、プロジェクトチームはそれを自社製品に脳内で置き換えながら進める必要があります。この変換作業自体が、習熟の大きな妨げとなります。

さらにもう一つの要因が、演習量の多さです。もちろん、演習によって学んだことをアウトプットし評価すること自体は非常に有益ですが、量が過剰だと、プロジェクトチームは手を動かすことに追われてしまい、「この入力が何のためのものなのか」を理解しないまま、ただトレーナーの操作をなぞるだけになってしまうのです。こうなると、プロジェクトチームはまるでマリオネットのように動かされるだけの存在となり、トレーニングの目的を見失って疲弊し、モチベーションまで下がってしまいます。

トレーニング後のアンケートやQ&A、復習環境が整備されていないことも原因の一つです。自分の習熟度が目標に到達しているかどうかが分からなければ、不安が募り、モチベーションも下がります。また、復習のためのプロセスやデータが残っていなければ、振り返りもできません。

このように、ERP導入プロジェクトの初期に実施されるプロジェクトチーム向けトレーニングには、考慮すべき点が数多く存在するのです。

プロジェクトチームがSaaS ERPを覚えようとする心構えを持つには

プロジェクトチームの全員が、「ERPをFTSで導入するためにはERPの機能を習得しなければならない」という理解を持っています。しかし、それだけではうまくいきません。

そのためには、トレーニングの内容だけでなく、チームメンバーが自分たちの意見を率直に出せること、そしてベンダー側からのフィードバックや改善があることが欠かせません。プロジェクトメンバー自身が「このトレーニングには価値がある」と実感できて初めて、習熟が進むのです。

要は、人が人に何かを教えるということは、お互いが通い合うことが必要だということです。

トレーニング戦略

トレーニング開始の1ヶ月前には、トレーニング戦略を立案し、それをプロジェクトチームメンバーに丁寧に説明します。トレーニング戦略は、以下のような内容で構成されます。

  1. トレーニングの位置付け
  2. トレーニング時のルールや注意点
  3. トレーニングの種類と学習目標および実施時期
  4. トレーニング対象の業務領域
  5. 利用するビジネスデータモデルとデータ
  6. トレーニングシナリオ
  7. トレーニングチーム編成
  8. トレーニングステップと進め方
  9. 理解度確認テスト
  10. 賞賛
  11. 復習環境
  12. 質問およびフォローアップ体制
  13. 習熟度管理
  14. プロジェクトチームによる伝承と育成

このように、計画的な習熟プラン、自社に即したプロセスとデータの準備、復習環境の提供、インプットをアウトプットするシチュエーションの周知を行うことで、プロジェクトチームはトレーニングの重要性と自身の役割を理解します。

次は、トレーニング戦略に基づいて、トレーニングの準備を開始します。この内容は次の説明の通りです。

トレーニングの位置付け

プロジェクトチーム向けトレーニングは、To-Beヒアリングの後に実施します。これは、To-Beヒアリングで得られた情報のうち、基本的な内容をトレーニングに取り込むためです。

※To-Beヒアリングについては以前の投稿をご参照下さい。「SaaSタイプのERPをFit to Standard で進めるためのToBeヒアリングとは①から③

トレーニング後は、実機検証に向けてILUOマネジメントによる個人評価を行い、習熟度向上のための復習や不明点を解消するための体制(質問フォームなど)を整備し、CRP実施へと進みます。

トレーニング時のルールや注意点

トレーニングは細心の注意を払って臨む必要があります。なぜなら、プロジェクトチームメンバーにとっては、新しいERPに初めて触れる機会だからです。

たとえ総論ではERP導入に賛成していても、自分が担当する業務となると、現行システムとの差異に戸惑い、操作性の悪さから否定的な感情が生まれ、各論反対の火種が表面化しやすいのです。

そこでルールを設けます。一つ目は「ステップの多いオペレーションも、まずはやってみること」です。ERPは、発注、受領、検査、入庫といったように、現行システムよりも処理ステップが多いものです。パラメータ設定次第でこれらは自動化できますが、トレーニングでは、あえて、各ステップでどのようにオーダーのステータスが変化するかを学ぶことにより、業務構築の選択肢を増やすための知識を得るのです。

二つ目は「トレーニング以外のことには触れないこと」です。ERPの画面には多くのフィールドが存在します。「このフィールドは何に使うのか?」といった疑問が出てくるのは自然ですが、ここでの目的は基礎をしっかり習得することです。時間は有限ですから、CRP開始に必要な要素に集中します。

トレーニングの種類と学習目標および実施時期

トレーニング対象はERPだけに限りません。実績収集システム、BI、需要予測システム、開発ツールなど、関係するシステムすべてが含まれます。各システムと業務領域の関係を明確にし、参加者を募ります。そして、それぞれにおける学習目標と実施時期を明確にすることで、参加者はゴールイメージを持てるようになります。

トレーニング対象の業務領域

ERPにおける業務プロセスは、100を超えることも珍しくありません。だからこそ、まずは覚えやすい基本的な領域に絞って、繰り返し学ぶことから始めるのが良いでしょう。

製造業であれば、需要予測、生産計画、購買計画、発注、仕入、製造、受注、出荷、債権債務、GLといった主要機能のウォークスルーを中心に実施します。これにより、受講者はERPの主要な流れと全体像を把握することができます。

利用するビジネスデータモデルとデータ

トレーニングにおけるビジネスデータモデルは、To-Beの構想に基づき再構成されたものにします。対象は、品目、BOM、工程、顧客と出荷先、仕入先と納品場所、倉庫や工場および在庫場所、配送ルートとカレンダー、販売価格構成と購入価格および原価構成などです。

この段階では、桁数や属性などの詳細なデータ定義にはこだわる必要はありません。こだわるべきは「名称」です。例えば、品目名称や顧客名称など、プロジェクトチームが日頃から使用している馴染みのある名称を用いることで、トレーニングへの没入度が高まります。

ちなみに、データ定義にこだわらない理由は、ERP導入においてはビジネスデータモデルの再構築が避けられず、その詳細は後で決定されることとなるからです。今の段階で定義に時間をかけても、後工程で変更になる可能性が高く、無駄に労力を費やすことになるのを避けるべきだからです。

次にデータそのものですが、To-Beヒアリングで得られたシステム情報を活用し、プロジェクトチームが慣れ親しんだデータでトレーニングを行うことが重要です。

使用するビジネスデータとしては、主要な製品とその構成、顧客、仕入先を選定します。ここで言う「主要」とは、一番販売している製品を、一番購入している顧客から注文を受けて、最も多いルートで販売するケースのことです。BOM構成は3から4階層程度のシンプルなものとし、品目点数も10〜15点程度に絞ります。

このデータ選定は、プロジェクトチーム自身に任せるとよいでしょう。自分たちで選ぶことで参画意識が高まり、トレーニングへの関与度も上がります。

トレーニングシナリオ

トレーニングシナリオは、先に準備したビジネスデータモデルとプロセス構成をベースに構築します。シナリオは、製造業における標準的な業務の流れに沿って構成しつつ、プロジェクトチームが新しいシステム上で業務全体のつながりを実感しながら学べるように設計します。

製品は、チームが選定した主要な見込生産品を対象として、需要予測にもとづく生産手配から始まります。具体的には、需要予測をインプットとして生産計画を立て、BOMと工程に基づいて製造オーダーを発行し、製造実績登録・在庫計上まで行います。

その後、受注プロセスへとつなげます。製品を工場から商品センターへ移動し、顧客からの注文を受け付け、在庫引当て、出荷、請求までを一連の流れとして体験します。ここでは、在庫ステータスの変化やロット・ロケーションなどのトラッキングも行い、出荷完了後に売掛債権を発生させます。

調達側では、生産に必要な原材料を仕入先に発注し、納品・受入・支払処理を通して、買掛債務管理までをカバーします。ここで、顧客・仕入先双方の与信・支払条件の取り扱いも確認します。

最後に、会計との統合確認として、これら一連のオペレーションによって生成される会計仕訳を確認し、財務諸表(PL/BS)にどのように反映されるかをERP上で可視化します。

なお、使用するデータは少量にとどめておくことで操作への集中度を高めます。その分、このウォークスルーにおける画面キャプチャーと操作ステップは丁寧にドキュメント化しておきます。プロジェクトチームが、トレーニング後にこの資料を活用して復習・自己確認・質疑準備ができるようにしておくことが、習熟度向上の鍵となります。

まとめ

ここまでが前半の解説となります。トレーニング戦略の立て方、位置付け、シナリオ設計までを見てきましたが、いよいよ次回は、実際のトレーニングをどう回すのかに踏み込んでいきます。

プロジェクトチームの編成の考え方から、トレーニング実施中の留意点、そしてILUOを活用した習熟度の可視化と向上の仕掛けについて解説します。現場で手応えを得る「クイックウィン」の作り方、そして、トレーニングの締めくくりに訪れる「トレーニーがトレーナーになる瞬間」を、ぜひご期待ください。