ERP知識シリーズ データ移行③:ソフトランディングに本稼働を迎える
前回の「データ移行②: 実践的な準備」では、データ移行の具体的な準備手順や注意点、そしてETLCプロセス(抽出、変換、ロード、検証)を活用した効率的な移行方法について解説しました。今回は、データ移行の最終ステップとして、リハーサルやリスク対策を通じて本稼働をいかにスムーズに立ち上げるかを詳しく説明します。データ精度の確保、リハーサルの進め方、そして「ソフトランディング」を目指した本稼働アプローチが、混乱を最小限に抑え、安定的な稼働開始を実現します。また、万が一の事態に備えた切り戻し計画の重要性についても触れ、実践的な対策を詳しく解説します。
データ精度の確保とリハーサルの進め方
データ精度は、ビジネスプロセスとデータパターンのマトリックスを用いて網羅性を担保することで確保します。
- ビジネスプロセス:見込み生産や受注生産、仕入先直送やクロスドックなど実機検証(CRP: Conference Room Pilot)で評価済のプロセスを指します。
- データパターン:顧客タイプ、仕入先タイプ、品目グループ、製造拠点などのデータ属性を指します。
これらを組み合わせたマトリックスを作成し、移行データがすべてのパターンを網羅しているかを確認します。
リハーサルの進め方
リハーサルでは、対象となるデータ量を段階的に増やして検証を進めます。初回は1日分のデータを移行し、基本的なプロセスが正しく機能するかを確認します。2回目は1週間分、3回目は1ヶ月分のデータを移行し、業務全体の流れや負荷に耐えられるかを評価します。このように、段階的にデータ量を増やすことで、問題が起きた際の影響範囲を限定しつつ、安定性を高めていきます。
ただし、データ量が増加するに伴い、検証期間も長くなり、通常業務への負荷がかかります。そのため、リハーサルのスケジュールを事前に十分検討し、各部門のリソース配分を調整することが重要です。
プロセスごとの詳細検証内容:
- 需要情報の登録
- 販売計画:月次・週次計画が正確に登録され、システム内で計算ロジックが適切に反映されているか確認します。例えば、販売予測が商品別・期間別に集計されているか、確定注文と重複していないかなどを確認します。
- 受注データ:登録された受注情報が在庫引当や出荷計画に正しく紐付いているか確認します。特に、単価、数量、納期が顧客マスターや品目(商品)マスターと一致しているかをチェックします。
- 在庫情報の確認
- 移行された在庫データの数量・ロケーション情報が、実在庫と一致しているか確認します。
- ロット管理や賞味期限情報など、品目固有の属性が正しく移行されているかを検証します。たとえば、冷蔵品が冷蔵倉庫に割り当てられているか、期限切れ在庫が適切に除外されているかをチェックします。
- 検査前や検査中など、在庫ステータスが正しく反映され所定のロケーションに登録されているかをチェックします。
- 供給情報の検証
- 製造オーダー:製造スケジュールとリソース(設備・人員)が紐付いており、リリース済や材料の払出し量などの状況が現場の進捗と合致しているかを確認します。
- 発注オーダー:仕入先との契約条件(単価、納期、ロットサイズなど)が適切に反映され、購買計画に基づいたデータが生成されているかを検証します。
- 社内転送の検証
- 倉庫間の移動オーダーが正しく移行され、出庫倉庫と入庫倉庫が適切に割り当てられているかを確認します。
- 積送中在庫のステータスが正しく管理され、実在庫と一致しているかを検証します。
- 仕訳情報の検証
- 在庫や債権債務データと対応する仕訳が、正確に会計モジュールに連携されているかを確認します。
- たとえば、商品の出庫や仕入れに対する仕訳が発生し、消費税や割引が正しく計上されているかをチェックします。
- 在庫や債権債務データと対応する仕訳が、正確に会計モジュールに連携されているかを確認します。
- MRP(資材所要計画)や原価計算の実行
- MRP計算:受注情報や販売計画に基づき、材料や部品の所要量が正確に計算され、製造スケジュールが適切に組まれているかを確認します。
- 原価計算:原価が標準原価設定に基づいて積み上げられており、材料費、加工費、間接費が正しく計上されているかを検証します。特に、製品や部品のバリエーションによる原価の差異が適切に反映されているかを確認します。
既存オーダー番号の対策
発注番号や製造番号は、レガシーシステムで既に採番されていますので、新システムに移行する際、これらの番号をどの様に扱うかの対策が必要です。
発注番号の対策
仕入先との取引で使用される発注番号は変更が難しいため、以下の方法を検討します。
1. 新旧番号の並行管理
新システムで採番した番号と旧番号を同時に管理します。発注書や伝票には旧番号を表示し、仕入先とのやり取りに影響を与えないようにします。一方で、新番号をシステム内部で使用し、仕入れ時には、新システムと旧システムの番号を対応付けるマッピングテーブルを用意して、新番号で受領できるようにします。
2. 旧番号体系への準拠
新システムでの採番を旧システムの番号体系に準拠させる方法です。仕入先との整合性を維持する一方で、新システムの柔軟性が制限される可能性があります。
3. 発注システムの先行稼働
発注データの生成を稼働前に部分的に稼働させて発注番号を採番します。そして、本稼働前に発注した仕入れを新システムでスムーズに登録できる様にします。
製造番号や社内転送番号の対策
これらの番号は社内で完結するため、新システムで一新することをおすすめします。特に社内転送については、本稼働時点でゼロ件にしておくことで、データ移行自体を不要にする対応が効果的です。
メリット:
- レガシーシステムの制約を排除できます。
- データの整合性が向上します。
- システムの保守性が高まります。
注意点:
- 社内の関係者に新しい番号体系を周知徹底する必要があります。
- 過去データとの関連性を維持したい場合は、マッピングが必要です。
- ゼロ件にするにはユーザー部門の協力が必要です。
データ精度をプロセス検証で高める
リハーサルで登録したデータを基にシステム統合テストを実施します。この際、連携システム(例えば、自動倉庫システムや外部の会計システム)も含めて評価する必要があります。リハーサルでは実際のデータを使用するのですが、このデータがいくつのビジネスプロセスとデータパターンを網羅しているのかを評価して、不足分を以降のリハーサルで充足していきます。
日付けについても注意が必要です。SaaSタイプのERPの場合、システムデートを変更できないことがあるので、実データの日付を変換してから移行することになります。
本稼働日をソフトランディングに導く経営層のリーダーシップ
本稼働日を「何事もない1日」にするためには、むしろ「本稼働日は特別な1日」として慎重に臨むことが重要です。極端に言えば、本稼働初日には受注業務のみに絞り、発注、仕入、社内転送といった他の業務は行わないようにすることです。これにより、万が一エラーが発生しても対象範囲を限定でき、迅速な対応が可能になります。そして、二日目に発注と仕入業務を開始し、三日目から通常業務を本格的に始めるという段階的な導入アプローチを取ることで、データ移行に伴うリスクを大幅に軽減することができます。
もちろん、この取り組みには経営層の理解と協力が不可欠です。本稼働初日から通常業務をすべて行いたいという現場の要望やプレッシャーがある中で、段階的導入の意義を組織全体に浸透させるには、経営層が明確な方針を示し、必要に応じて業務調整やリソース配分を支援する必要があります。たとえば、初日に受注業務に集中することで、他の部門の一部業務を一時的に停止する調整が求められる場合もあるでしょう。
「いくら何でもこれは無理だ」という声が出るかもしれません。しかし、重要なのは、オペレーションを一度に増やすほど、データ移行ミスが発生した際のリカバリー時間が取れなくなり、システム全体の安定化が遅れるという現実を経営層を含む組織全体が認識することです。経営層が率先して段階的導入の意義を支え、従業員の不安を払拭することで、この計画は現実するのです。問題が起きなければ「やらなくても良かったのでは?」と思われ、起きた時には「対策したことに感謝される」、リスクとはそういうものです。
このように段階的な導入は、一時的に業務フローに負担をかけることがある一方で、システムの安定稼働を確保し、長期的な成功につながる取り組みです。経営層の強力なリーダーシップが、スムーズなERP導入の鍵となります。
切り戻し計画の必要性と適切な基準の設定
もう一つの重要な取り組みは「切り戻し計画」です。これは私自身、25年も前の苦い経験から学んだ教訓でもあります。本稼働初日に原因不明のシステムダウンが何度も発生し、現場が大混乱に陥ったのです。ITベンダーからは「これを対応すれば解決します」と繰り返し提案がありましたが、対策を打っても状況は改善せず、システムダウンが続きました。当時、ユーザー側のリーダーだった私は、旧システムに切り戻すタイミングを逸してしまい、結局、切り戻した時には大量の在庫誤差となり、その修正と現場復旧作業に数日を要することになりました。この経験から学んだのは、切り戻し計画には定量的かつ客観的な基準を設定し、それに基づいて迅速に実行に移せるよう準備をしておくことが不可欠なのだということです。
まとめ:データ移行の成功がERP導入の成否を左右する
データ移行は、ERP導入プロジェクトの中でも最も重要かつ複雑なプロセスの一つであり、その成否は本稼働時の混乱を防ぎ、プロジェクト全体の成功を左右します。
適切なデータ移行方針の設定、ETLCプロセスによる準備、リハーサルでの実データの活用、ソフトランディングを目指した段階的な本稼働スケジュール、切り戻し計画の策定、そしてこれらを成功させるための経営層のリーダーシップと明確な方針の提示が、プロジェクト成功の鍵となります。
これらのポイントを押さえ、部門横断のチームワークと経営層の支援を組み合わせることで、データ移行のリスクを最小限に抑え、スムーズなERP導入を実現できるでしょう。本記事が、読者のプロジェクト成功への参考となれば幸いです。