SaaS ERPの導入をFit to Standard に導くビジネスデータモデル構築とは【後編】~PLMとの連携やE-BOM・M-BOMの橋渡し~

前編では、現場視察を通じたBOM構造の見直しや、トリガーイベントアプローチを用いたトランザクションデータ設計など、SaaS ERP導入時のデータモデル構築における基本的な考え方を解説しました。本稿(後編)ではさらに踏み込み、PLM(Product Lifecycle Management)システムとの連携や、試作段階における購買管理・原価管理まで見据えたアプローチについて解説します。

PLM・設計システムとの連携:E-BOMとM-BOMの橋渡し

製造業では一般的に、設計段階のBOM(E-BOM)と量産・製造段階のBOM(M-BOM)が分かれています。設計上の部品構成(E-BOM)と、実際の工程やバッチサイズなどを考慮したBOM(M-BOM)が異なるため、これらをどのように連携させるかは大きな課題です。PLMシステムでE-BOMを管理している場合、ERP側で扱うM-BOMと整合を取る際には、次の点を明確にしておく必要があります。

  1. E-BOMとM-BOMの構成差分:
    E-BOMは設計・開発視点で部品構成を定義しており、場合によっては試作や評価要素も含まれます。一方で、M-BOMでは実際の工程に応じて中間品が加わったり、バッチサイズ・在庫管理などの実運用上の要素が加わります。
  2. 改訂管理のポイント:
    PLMでは設計変更(ECO, ECNなど)が頻繁に行われる場合があります。ERPはどのタイミングで新規コードや改訂情報を受け取り、図面番号などをどのように関連付けるかを明確化しなければなりません。
  3. 設計変更サイクルの違いと整合性の確保:
    PLM側(E-BOM)は品質改良や原価低減などを目的に、設計上の構成を随時変更していきます。一方、製造現場(M-BOM)では、在庫の消費状況や製造スケジュールなどを考慮した上で変更を適用するタイミングを管理する必要があります。そのため、両者の変更サイクルや適用時期に差異が生じる点をあらかじめ調整することが重要です。
  4. 連産品・副産物の取り扱い:
    設計段階では想定していなかった副産物などが量産工程で発生するケースがある場合、それらをE-BOMとどう紐付けるかが課題になります。
  5. 拠点ごとに異なるBOM差分への対処:
    各工場では設備やラインの相違で歩留まりや作業時間が変化するため、必要な部品構成や使用量(BOM)を調整する必要があります。拠点ごとのプロセス差をBOMにどこまで反映させるか、あるいは工程設計や標準手順として管理するかが重要です。
  6. 季節変動に応じた所要量の管理:
    食品や農産品を扱う場合、例えば春キャベツのように季節によって水分量などの特性が変化する品目は、所要量を調整してBOMに反映する必要があります。
  7. 原料特性に合わせた配合比率調整:
    原料の成分濃度が一定でない場合は、力価(有効成分量)を考慮しながら配合比率を随時調整するルール設定が必要になります。M-BOM上で濃度の確認頻度や再計算のタイミング、在庫数・使用数量の更新基準などを設定することで、濃度のばらつきを吸収しやすくなり、安定した生産管理を行いやすくなります。

マスター(マザー)BOMという考え方

E-BOMとM-BOMの連携は、細部までこだわると非常に複雑になりがちです。しかし、工場ごとの事情を踏まえて必要な部分だけマニュアルで微調整する方法も、現実的な選択肢として挙げられます。例えばある食品加工メーカーでは、E-BOMを単純変換したM-BOMを「マスターBOM」としてERP上に保持し、そこから各工場の設備やラインに合わせて微調整を行う運用方法を採用しました。現場に精通したスタッフ(主に生産技術部門)がこのマスターBOMを基に、工場ごとの実態に即したM-BOMを作成することで、正確かつ柔軟な運用を可能にしています。

さらに、製品開発部門ではマスターBOMを基に算出した見積原価を「マザー原価」として週単位で管理し、実際原価との比較を実施。一方で工場側は、工場ごとに調整したM-BOMを用いて一オーダー単位の日次管理を行い、標準原価と実績原価の差異を把握しています。

このように、「開発部門ではマザーBOMを使って週単位の原価比較管理を行い、工場では調整済みのM-BOMを使って日次で改善活動を進める」という形で原価を分けて管理する仕組みを整えた結果、歩留まりや改善施策の精度向上に大きく寄与しました。すなわち、製品開発部門はBOMの精度向上に取り組みやすくなり、各工場はリアルタイムに得られる差異分析を活かして改善活動を迅速に実施できるようになったのです。

試作段階と見積原価・購買オーダーの取り扱い

PLMとの連携が重要になるのは量産化フェーズだけではありません。試作段階から以下のようなポイントを押さえておく必要があります。

  • 試作部品の購買オーダー:
    新規開発した試作部品や外部ベンダーへの試作品発注について、PLM側で品目コードを発行するのか、あるいは一時コードで運用するのか、ERPとの同期方法を事前に決めておきます。
  • 仕入価格・見積原価:
    試作段階では量産時とは仕入価格や見積原価が異なる場合があります。ERPとPLM双方で見積条件や計算ロジックが揃っていないと、量産移行時に大きくコストがずれてしまうリスクがあります。
  • 設計変更の履歴管理:
    試作の過程で部品が頻繁に変更されることは珍しくありません。ERP上で在庫や購買管理を行いつつ、PLMで改訂履歴を正しく管理・連携できる仕組みが必要になります。

これらの情報を一元管理するには、E-BOMとM-BOMの変換ルールを明確化するだけでなく、「試作段階のコスト」や「設計変更オーダー」をどのタイミングでERPとPLMに同期するかを取り決めることが重要です。また、設計フェーズのみで使われる仮コードや仕入先情報を、ERPの正式マスターとどう整合させるかについても、あらかじめ洗い出しておくと検証時のシナリオをスムーズに作成できます。

さらに、試作段階に発生したイニシャルコストを製品のライフサイクル全体のコストとしてとらえることで、製品価格や販売数量の予算をより正確に算定でき、結果として経営判断や収支マネジメントのしやすさが飛躍的に向上します。

これは、単にコストを正確に把握するだけでなく、PLMとERPを連携したデータモデルを「Fit to Standard」で導入する大きな意義でもあります。すなわち、標準機能を最大限に活かしながらも自社独自の改善やイノベーションを実現し、製品ライフサイクルの各局面で費用対効果を最適化する堅牢なビジネスデータモデルを築くことが可能になるのです。

まとめ

PLMとの連携や試作段階の購買・原価管理など、設計フェーズから量産フェーズにかけての一貫したデータモデルを構築することで、将来的な拡張性や新たなビジネスチャンスにも柔軟に対応できる仕組みを手にできます。

「Fit to Standard」を目指すうえでも、ERPの標準機能を最大限に活かすだけでなく、現場の実態や設計プロセス側の要件を的確に反映したデータモデルを設計することが、自社独自の変革や価値創造を促進するための揺るぎない基盤となるでしょう。

以上が、前編と後編を通じて押さえておきたいポイントになります。

  • 前編:BOM構造の見直し、トリガーイベントアプローチによるトランザクション設計、取引パターンの洗い出し
  • 後編:PLM連携(E-BOMとM-BOM)、試作段階の管理、製品ライフサイクルコスト

この2つの記事を参考に、自社のビジネスプロセスに適した最適なデータモデルを検討してみてください。