お客様の心に残る言葉 「覚悟と割り切り」

要件定義開始の全体説明会のときのことです。化学業界のお客様のプロジェクトオーナーから、「これから要件定義を始めますが、ERPは標準機能を使いますので、カスタマイズになる要件は受け付けません。」とプロジェクトメンバーに告げられたのです。当時プロジェクトマネージャーであった私は、この言葉に冷や汗をかいたことを覚えています。これではユーザーから反発を受けプロジェクトが難局を迎えると思ったからです。そうならないように私は事前にプロジェクトオーナーと要件定義の作戦会議を開催していました。このとき私がオーナーにアドバイスしたことは、「ERP導入プロジェクトは標準機能を最大限活用することが成功要因です。しかし、ユーザーは現行のシステムにこだわりがあるので、どうしてもカスタマイズ要求が増えてしまいます。それを抑制するためには、要件定義の開始前にこのことをユーザーに伝えて、理解してもらうことが大切です。」というものでした。しかし、オーナーの言葉はそれ以上のものだったのです。オーナーは続けて、「もし、標準機能を使うことで今よりも作業に時間がかかるようであれば、それを定量的に示して下さい。人の追加はいくらでもします。」と言われたのです。「そういうことか!」と私は思いました。オーナーが計算の上でこのようなことを言ったのだと理解しましたが、それでも、ユーザーたちの驚愕の雰囲気は消えませんでした。

結果、このプロジェクトは生産、販売、購買、会計にBI(分析レポート)を加えた全領域を3工場および本社に予定通り11ヶ月で導入し、予算内で稼働することができました。カスタマイズが極めて少なかったため、予定通り進めることができましたが、標準機能を創意工夫してご利用いただいたユーザーの努力はもちろん成功の重要要因です。しかし、なんといってもプロジェクトオーナーが最初に言われた言葉が皆さんを動かしたのだと思います。本稼働後、プロジェクトオーナーだった取締役と何度か会話をする機会がありましたが、当時を振り返っていただいたとき、取締役は「ERPを導入するということは、『覚悟と割り切りが必要である』」とおっしゃっていました。それは、以前に大規模なプロジェクトでERPを導入したときの経験からのようです。

通常、ERP導入プロジェクトでは、お客様のプロジェクトオーナーや事務局、IT部門がユーザーを気遣いすぎて、過度のカスタマイズに走ってしまうことがあります。しかし、それが逆にプロジェクトを困難にし、結果的にユーザーの時間を浪費することになるのです。そのために、プロジェクトを成功に導くには、「覚悟と割り切り」という考え方が必要です。私たちは今でも、この言葉をプロジェクトに活用させていただいています。