要求管理シリーズ -マイナス在庫の真因と解決方法-
ERPシステムを導入する際の在庫管理において、しばしば直面する問題の一つが「マイナス在庫」です。この記事では、「マイナス在庫」が単なるERPシステムの機能可否ではなく、企業の在庫管理プロセスに深く関わる問題であることを明らかにします。表面的な対処にとどまらず、この問題を根本から解決することで、新しいシステムが単なる既存の作業の延長線上にならないようにするためのアプローチを提案します。
「マイナス在庫」が発生する主な原因は三つに分けられます。まず、入出庫のタイミングが逆転することです。これは、実際の物理的な在庫の動きとシステム上の記録が不一致になる状況を指します。次が在庫誤差です。これは、在庫数の不正確な記録や、物理的な在庫の紛失等によって生じます。最後に、BOM(製品構成表)の精度の問題が挙げられます。これは、製品の部品や原材料の必要量が正確にシステムに反映されていないことに起因します。これらの原因を理解し、それぞれに対処することが、マイナス在庫問題の解決には不可欠です。
まず、入出庫のタイミングが逆転する問題について考えてみましょう。この問題は、現場で品物および伝票を確認してから、その伝票をコンピューターに登録するまでのタイムラグで発生します。例えば、現場では納品された品物が午前10時には利用可能になるのに対し、事務所での伝票登録が午前中の一回や1日一回のバッチ処理として行われるケースです。コンピュータには在庫を計上されていない場合でも、現場に確認すると既に納品されているので、製造オーダーで納品物を引き当てるために「マイナス在庫」を許容するのです。
このようなタイムラグは、マイナス在庫の問題だけでなく、他の様々な問題を引き起こします。
例えば、1日に1回しかコンピュータに実績報告をしない場合、その日の終わりまで予定と実績の差異に気づくことができません。このような状況では、進捗管理ができないだけでなく、予定通りに仕入れや製造が完了しなかった際の影響や、緊急で必要な納品物や完成品に対しては、すべてオフラインで対応せざるを得ないのが現実です。ERP導入のビジネス要求の一つに「在庫削減」がありますが、コンピュータへの登録にタイムラグが生じると、在庫削減が進むにつれてこれらの問題はさらに顕著になります。
したがって、まず重要なのは、現場の業務プロセスとシステム上の記録をリアルタイムに同期させることです。ERP導入においては、ハンドヘルドターミナルなどの端末を使用して現場で直接実績を記録することが一般的になっています。このようなオペレーションの改良により、入出庫のタイミング逆転に関連する「マイナス在庫」問題を解決するのです。端末を利用することで、現場での作業が直接システムに反映され、タイミングのズレを解消し、在庫の正確な管理を実現できます。
もちろん、原材料や設備による計測の難しさや取引先の在庫更新(連携)のタイミングによっては、「マイナス在庫」を許容するしかないこともあります。しかし、それならば以前の記事「SaaSタイプのERPにおけるプロジェクト品質-要求管理編-」に記載の通り、原材料や設備の制約条件や顧客の強い要望をMust have要求として起票するところから始めるべきです。「マイナス在庫」ありきで現行システムの機能要求を上げてしまうと本当の問題に気付かず、見直すべき業務を見逃すことになるのです。
「マイナス在庫」が発生する二つ目の原因は、在庫誤差です。帳簿上の在庫と実際の在庫に差がある状態で、実在庫を基に作業を行っている職場では、帳簿上の在庫が「マイナス在庫」となり、そのまま月末の棚卸まで放置されることとなります。ERPを導入するとこの問題が顕在化します。ERP導入後では、在庫が合わないからといって単純にマイナス在庫を許容すると、さまざまな問題が発生するのです。
例えば、在庫誤差により無駄な発注オーダーが生成されたり、実際には最寄りの倉庫に在庫があるにも関わらず、遠方の倉庫から在庫を移動させるオーダーが発生します。さらに、出荷業務では、出荷した後にシステムへ出荷したロット番号を後付けで登録しなければなりません。ロットには原価が紐付けられているので、会計仕訳も修正が必要になります。このようなオペレーションは複雑であり、ミスが起こりやすくなります。これらの問題が原因で、「MRPは自社の業務に合わない」という誤った結論に至り、プロジェクトがうまく進まないケースも少なくありません。
以上のことから、「マイナス在庫」の機能で対応するのではなく、まずは在庫誤差の原因を徹底的に調査し、その問題を解決することが重要です。
「マイナス在庫」が発生する三つ目の原因は、BOMの精度が低いことです。ERP導入前のシステムでは、BOMの変更管理が十分に行われておらず、発注情報の生成にもBOMが利用されていない(MRP機能が利用されていない)ことが一因となっています。この問題は、原材料や資材をバックフラッシュ方式で自動的に払い出し、在庫誤差が発生しても月末の棚卸で修正することを習慣としている企業で特に見られます。しかし、この方法では在庫誤差の原因を特定することが難しく、BOMに誤りがあった場合でも、そのミスに気づくことができません。ERPではBOMがマスターの中心的な要素であるため、メンテナンスルールとその統制をプロジェクトでしっかりと策定し、この過程で「マイナス在庫」の原因となる問題を解決します。結果として、「マイナス在庫」を許容する機能は不要となるのです。
これらの例からもわかるように、「マイナス在庫」を単なる問題として片付けるのではなく、改善の契機として捉え、その背後にある本質的な問題を解決することが重要です。これにより、在庫管理の精度を高め、システム全体の効率を向上させることが可能となります。